外食産業の年収、外食産業の人間関係、外食産業の出世や異動、外食産業の不正、外食産業の衛生管理、外食産業の恋愛や結婚を赤裸々に暴露

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小学校低学年の頃、私は木造の古い家に住んでいた。

1年か2年生くらいの頃、小学校で出来たクラスメイトが遊びにきて、
「ボロイ家だな」と言った。

おばあちゃんがいる目の前である。

凄く切なくて悲しい気分になった。


そいつが帰った後、おばあちゃんは僕に「ああいう口の悪い子とは遊ぶな」と言った。


僕はまた、切なくて悲しい辛い気分になった。


その後、父親の仕事の都合で転校して、会社の社宅に入った。

賃貸の古い団地で3DKだ。

中学にあがると他の小学校からも入ってくる奴らもいたので3LDKとか4LDKとかLのついた賃貸ではない分譲の公団やマンションに住む奴らとクラスメイトになった。


「ボロイ団地だな」といわれることはなかったが、あきらかに彼らと生活レベルが違うことを中学生ながらに感じた。

彼らの親のほとんどは大卒でクラウンとかセドリックとかのセダンに乗って、専門職や大企業に勤めていた。



高校の進学先も私立とか上位の公立に進学するやつが多かった。


僕の近所に住むやつらは偏差値の低い私立とか公立とか商業とか工業とか、
高校さえもいけずに高校資格のとれる専門に行くやつもいたし、
入ってもすぐに中退してしまうやつらも多かった。



中学生くらいの頃、僕は自転車で、高校生の頃は原付でよく、街を徘徊した。


そして、なんちゃらヒルとかなんとかメゾンの名称がつく公団のLDKの
やつ等が多く住む地区を徘徊した。





僕は大学を卒業後、外食企業に入社した。


そして一人暮らしをはじめる訳だが、一人なのに2DKのちょっとおしゃれなハイツに住んだ。

家賃も実家の家賃と同じかそれより高いくらいだ。

次に住んだところはオートロックの新築マンションだ。



僕は家に対してコンプレックスがあった。

でも、2DKのハイツの一部屋はほとんど物置状態で、家に帰っても本当に寝るだけで、
オートロックのマンションも出入りが面倒くさくて駐車場も狭く実用的ではなかったし、
宅配ロッカーの使い方さえよくわからなかった。


それくらい仕事が忙しかった。
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