外食産業の年収、外食産業の人間関係、外食産業の出世や異動、外食産業の不正、外食産業の衛生管理、外食産業の恋愛や結婚を赤裸々に暴露

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歴史的な背景があるらしく、工業地帯のその地域では、私の店だけじゃなく近隣の店にも沖縄出身のパートのおばちゃんとか、両親が沖縄出身だというバイトの子もいて沖縄出身者が多い地域でもあった。

愛想がよく、店の従業員の皆にかわいがられていた高校生の男の子がいた。



ある日、その高校生が控え室で私に近寄ってきて、軽い感じで言ってきた。

「○○さん、あのさぁ~」


「うん?」


「親が離婚して、俺さぁ苗字変わるんだけど、なんか届けとかいるの?」


いきなり言われたのでちょっと言葉に詰まったが、「届けとかはいらないけど、給料の振込み先の銀行の名前とか変えるんだったら、(本社の担当に)電話かけて訊いてみるけど、住所とか連絡先が変わるんなら教えてくれないとまずいなぁ。。。」


「あのさぁ。。。シフトとかタイムカードの名前とか変わっちゃうのかな?」


「いや、別に今までの方がいいならそうするし、変えたいなら変えるけど。。。」


「ふーん。どうしようっかなぁ。。。」


「まぁ、おまえの希望通りにするからいつでも言ってよ。」


「うん。わかった。」


「あぁ、あと、”はい。わかりました。”だろう?」


「はい。わかりました。」

いたずらっぽく彼は笑みを浮かべて言うのであった。



「あぁ、苗字変わったらなんて苗字になるの?」

「比嘉」

「うん?」

「比嘉」

「あぁ、比嘉なんだ。ずいぶん変わるな。。。」


「うん。まぁね。」

「うち(店)だと皆、お前のこと下の名前で呼んでるけど、学校とかで苗字にちなんだあだ名使ってたら、それ使い続けんのかな?」

「わかんね。使う人に訊いて」

「”わかりません。使う人に訊いてください。”だから。」


「はーい。」

「まぁ、かえるんだったら、いつでも言ってくれ。」

「うん。」



彼は店の近くの市営団地で母親と兄貴と3人でその後も住み続けて、店でバイトをし続けたけど、家に結構、お金を入れてたりしてる話を店のおばちゃんたちから聞かされたりしてたので、お菓子を買ってきて控え室でいっしょに食べたり、近くの焼肉屋に誘ったりもしたものである。

今、一体、どうなってるんだろうか?

幸せになってるといいなぁ。


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小学生低学年の頃だった。

同じクラスに劉さんという女の子がいて、町外れの山の麓の市営住宅の平屋建ての長屋に住んでいた。


ある時、教室で帰り間際に行われる”帰りの会”といわれていたミーティングで、僕の当時の担任のパーマをあてた40代の女性教師が、「劉さんは苗字が○○さん(日本の一般的な苗字)に変わりました。今日からは、○○さん(日本の一般的な苗字)と呼びましょう。苗字が変わったことは本人に理由などを尋ねないで下さい。」と我々に釘をさしたのであった。


ちなみに私は、その女教師がいつも高圧的に我々に対して接してきていたので、私自身は大嫌いで、最初に嫌いになった大人の1人であった。


その頃はどうして苗字が変わるのかわからなかったけど、子供が安易に立ち入ってはいけないシリアスな問題として受け止めた記憶がある。




それから紆余曲折があり、大人になりファミレス社員になった私はアルバイトの採用面接をするようになった。


工業地帯の労働者が多く住む地域にある店で働いていた頃だった。



20歳くらいの大学生が面接に来た。

面接希望の電話がきた時は普通のよくある日本の一般的な苗字を名乗っていた。

仮に金山としておこう。


で、実際に約束の面接の日にやってきた。

控え室で事務作業をしていたら、店のおばちゃんが「面接の人きたけど、名前がちょっと違うけど。」と私に言った。



それで店にきた若者に、「こんにちわ。金山さんですか?」と尋ねたら、「本名の方を使いたいので○○でお願いします。」と言った。


全てを理解した私はとにかく面接を開始して、本人の希望や土日のどちらかが出れるか?という簡単な質問をした。


ある程度、面接が進むと彼が私に言った。

「本当は本名で電話をかけたかったんですが、本名だと”外国の方は募集してませんので”と断られるので、金山で電話をしました。スミマセン。」



「いや、別に構いませんよ。学生時代に留学してきてこっちで結婚されて働いてくれている主婦の人もいますし、細かいマニュアル的なことがありますから、日本語が理解できないと少し作業の上では難しいですが。。。日本で生まれ育った方なら名前は関係ないですよ。」と私は言ったのであった。
外食産業の裏側



先日、「ザ!世界仰天ニュース」で浅岡めぐみがセブンイレブンのバタースコッチにはまっているといっていたので、買ってみた。


思った以上にシットリトしていた。
バターの香りはなかなかでした。

またリピートしてもいいかなぁという感じです。

でも、購入して食べて以来、セブンイレブンに何度か行ってるけど、いつもないですね。

テレビの影響かしら?


コンビニは個人的にはセブンイレブンが一番好きですが、駐車場がたまたま入れにくいとか現在の生活圏内であまりないとか様々な理由でファミマーより行かないです。


利用頻度では一時は

ローソン>サンクス>セブンイレブン>ファミマー
でしたが、

最近は

ファミマー>セブンイレブン>その他
です。



最近はペットボトルの飲み物は基本的には無糖のものしか買わないようになりました。


何年か前に半年くらい深夜勤務だけが続いた時期があって、当時の自宅に近いローソンに深夜3~朝6時くらいに毎日通っていた頃がありました。


その頃はローソンで午後の紅茶とツナおにぎりを毎晩のように買っていました。

子供の頃はおにぎりにツナマヨなんて考えられなかったですがね。。。

おにぎりと甘い紅茶を合わせるなんてセンスないですね^^


外食産業の裏側



先日、秋葉原に行く機会があったのでその報告をいたします。

なんで行ったかというとネットブックを購入するためであります。


でも、滞在3時間程度でしたが、ネットで購入する方が全然安いので秋葉原では購入できませんでした。

まぁ、でも、人生で二回目くらいの秋葉原でしたが、普段と違う景色がみれたのでよかったかなぁとも思います。


よく寝る時にpodcastを聴くんですが、TVタックルとかにでてくる経済アナリストの森永卓郎が大竹まことのpodcast
で週一レギュラーで出てて、以前、秋葉原にケバブ屋が流行ってると言ってた事が確かあって、たまたま発見できたので撮影してきました。

あと、なんかしらんけどanimateとかかいてある建物にいっぱい人が並んでた。

なんかイベントがあったのかしら?

メイドが路上でビラを配ってたけど、不況だから結構、無視されてて冬の寒さも手伝って少し悲しい光景でした。



全体的に思い描いていたのより寂しい印象を受けました。


全然、外食と関係ないと突っ込みを入れられそうですが、悲しい記事を先日更新したのでブレイク記事ということで
どうかご勘弁を。


近いうちにまた、同様の悲しい記事を更新する予定です。


では、みなさん チャォ!



外食産業の裏側
外食産業の裏側
朝、ネットを開くとヤフーのニュースでマック社員の過労死が認定された記事が出ていた。

亡くなったのは2000年11月8日だそうだ。


過労死認定されるのに9年以上が経過したことになる。

最初、労働基準監督署は過労と認めなかったのを母親が裁判で9年以上かけて勝訴にしたのである。
亡くなった時は25歳だったそうだ。

そのまま生きていたなら34~35歳になっている。

本当に親御さんにしたら、無念でしょうがないだろう。

記事によると「2000年11月7日、正午からの勤務後、翌朝5時半まで清掃会社の作業に立ち会い、8日正午に再び出勤して倒れ間もなく死亡」とある。


17時間半拘束された後、6時間半後に出勤して亡くなった事になる。


このニュースは昨日出たのだが、テレビのニュースでどれだけ取り上げたのだろうか?



マクドナルドのホームページをみても新メニューのテキサスバーガーの宣伝がトップにきていて、このことについては発見できなかった。


25歳の若い命より自分たちの新メニュー宣伝の方が大事なのだろうか?



ちなみにこの外食業界のリーディングカンパニーは数年前にも女性店長が亡くなり過労死認定されている。

マクドナルドの女性店長が過労死した  その1




一般の人はどれだけ外食産業の実態を知っているのだろうか?

外食産業で働く人間の本当の実態がこういう悲しい事件でほんの少しだけ、明るみにでるが、多くの人間は、「こういうことはどこでもある話だから」と無関心である。


TV局のスポンサーではないミートホープみたいな会社の不祥事は、しつこいくらい電波を使って我々に大事件として伝えてくれるTV局の程度の低さに本当に腹が立つ。


せいぜい、これからも莫大な広告費をテレビ局に支払ってくれるマクドナルド様の宣伝をしてください。


本当に日本の大マスコミ様はろくでもねえよ。


残業月80時間、マクドナルド社員の過労死認定


日本マクドナルド:社員の「過労死」認定 東京地裁


残業月80時間、マクドナルド社員の過労死認定
人間関係が希薄な世の中である。

傷つくことを恐れるあまり、常に他人と距離をとるような若者が多い。


否、若者だけじゃなく、孤独な老人も多い世の中である。。。





「おい。ポッターよぉ!今度、俺、旅行に行くんだけど、お前も一緒に連れて行ってやるよ」


竜兵の提案にポッターは驚いたようだった。

ポッターの本音はわからない。

ただ、「無理です。無理です。」と言っていた。



竜兵曰く、”他のバイトと休みを代わってもらって、一緒に俺と男の二人旅に行こうぜ!”というかなりエキサイティングな提案である。



しかも、代わってもらう他のバイトに竜兵が勝手に了承を得ているから大丈夫と竜兵は言っている。




「いやぁ。自分が旅行に行くのに他の人に代わってもらうなんて無理ですよ。悪いですよぉ。」

尚もポッターは旅行行きを拒否し続けた。


それでも尚、代わって貰う人は「本当に別に代わるのは構わない」と言ってると竜兵は言う。


「いやぁ、でも、金もないし。。。」


ポッターはさらに拒否する。


「大丈夫だよ。別にその辺で寝りゃあイイんだし、レンタカー1日借りたって、二人で出せば別にたいしてかかんねえよ。」



とことん押しの強い竜兵にポッターは渋い表情をしていた。




結局、2人は男だけの旅行へと行くのであった。

高校2年生の男の子が店にいた。

彼は洋服が好きなので高校を卒業したら服飾関係の専門学校に行きたいと話していた。


その話を彼が自分からしたのか、他の人に話したのを聞いたのか知らないが、竜兵が控え室で、その彼の進路について頼まれてもいないのに、口をはさんでいた。


「おぉ。おまえよぉ、服の専門学校なんか行ってどうすんだよ?」

「将来、食っていけんのか?つぶしきくのかよ?あぁん?」



「いや。。。べつに。。。」

高校生はあきらかにムッとしていた。



「デザイナーなんか、どれくらいなれんだよ?」


竜兵の中では、「服飾専門学校=デザイナー」という構図が出来ていて、高校生がデザイナーになりたいと勝手に決め付けていた。



「いやぁ、別にデザイナーってわけじゃぁ。。。」


「あぁん?こんなとこでバイトなんてしてねぇで、勉強して大学行ったほうがつぶしきくぞ。あぁ?そうおもわねえか?そうおもうだろう?」


「いや、別に竜兵さんに。。。」



「あぁん?俺なんかにいわれたくねえってか?」

竜兵はいつものごとく、顔を真っ赤にさせて捲くし立てた。

「おめえの為に言ってやってんのによぉ。。俺なんかに言われたのねえってか?あぁん?」

「仕事なんてよぉ、好きで皆やってるわけじゃねえんだよ。金があったら仕事なんて誰もしてねぇよ。」

「嫌でも食っていくために、我慢しながら仕事してんだよ。わかるか?」

「だからよぉ。服が好きだからっていってよぉ。それを仕事にするっていうのは違うんじゃねえのか?」

「まだわかんねえと思うけどよぉ」




高校生はうんざりした口調で言った。

「もういいです。。。ほんとにやめてください。」






「あぁ、もうわかったよ。もう二度といわねえよ。言ってやらねえよ。」

怒った竜兵はちょうど休憩が終わったので、キッチンへと戻って行った。

控え室のテーブルには竜兵の飲み残した水が4分の1ほど入ったグラスが残っていた。



控え室の横に隣接している店長室で雑務をやりながら今のやり取りを聞いていた私に対して高校生は言った。

「これ、俺が片付けるんですか?」



「ほっとけばいいよ。疲れたろ?」



「はい。。。」


高校生の表情には疲労とかストレスが表れていた。



「俺が言うのもなんだけど。。。」


高校生は私のほうを向いた。



「確かに、ほとんどの人が好きなことで飯を食ってないと思う。でも、もし、好きな方面で飯が食えるんなら、嫌なこととか辛いことがあっても、嫌々仕事してる人より踏ん張れるかんじゃないかとも思うけどね。。。」


「まぁ、でも、なんにしても職場にあんな同僚(竜兵)がいたら好きな仕事が出来てても、嫌だけどね」



高校生は笑顔で言った。

「ですよね。。。」
その年の年末年始の当初のスケジュール表では、若旦那は12月29日から1月1日まで、元々、出勤だった。

しかし、12月27日に竜兵やポッターに出勤を代わってもらい、休みにしたいのでスケジュール表を変更してくれと私に言ってきた。


その為に若旦那の1月2日以後の休日を竜兵やポッターと代わったので、若旦那は10連勤することになった。


12月27日にスケジュール表を変更する際に、「10連勤になるけど大丈夫ですか?」と一応、若旦那に助言したが、「構わない」と、ちょっと上からで、ちょっと仕方が無いみたいな感じに言ってきた。


全部、自分の都合で10連勤になるのだから、そんな態度はおかしいんだけど、若旦那からは”仕方がないから働いてやる”みたいな態度が漂っていた。




1月2日、その夜は少し混んでいた。
私も店長も忙しく動いていた。

若旦那は仕事を終えて、青年は休憩で控え室にいた。


若旦那は店を後にした。


しばらくして、落ちついてから青年が少しイライラしていたのがわかったので、「どうしたの?なんかあったの?」と私は尋ねた。




(以下、青年の話)

若旦那は控え室でスケジュール表を眺めながら青年に言った。

「この日さぁ。3人いらねえとおもわねえ?」

「あと、この日もさぁ」



「あぁ、そうですね。大丈夫だと思います。」




「やっぱ。そう思うか?」

「じゃあ、俺、この日、休んでやろうか?おまえ、休みたい?」



「いや、別に特に休みたい日じゃないです。」



「あとよぉ、この日もいらねえんだよな。」



「あぁ、そうですね。」

青年は相槌を打ち、適当に返事していた。



「どっちか俺が休んでやってもいいなぁ。」



「1月6日は、若旦那さんが休むんだったら、俺が4時間、前に伸びないと誰もいなくなっちゃいますね。」
「後で、店長か○○さん(私)に言って、変えてもらいます?俺、別に大丈夫なんで。。。」


「あぁ、そうだな。」
「でもよぉ、1月7日の日に休んで、ポッターを前に来させるのもありだな。」



青年は言った。
「でも、俺、今日、出たら1月6日まで休みなんで、今日、決めてくれれば。。。」



「それはどうでもいいんだけどよぉ」



「いやぁ、あの、予定もあるし、休み中に連絡してくれるより、今日、決めてくれたほうが。。。」



「うーん。1月7日の方がいいのか。7日の方がいいのかぁ。。。」


「あの、今日、決めてくれれば。。。」




簡単にいえば、自分の都合で連勤になったのに、やっぱり嫌だから代わって欲しいんだけど、どっちがより自分にとって都合がいいか決めかねてると同時に、その時、私も店長も忙しかったのでスケジュール変更を自分がお願いしにいくのが嫌なので、代わってもらう可能性が高い青年の都合を完全に二の次、三の次にしているということです。


結局、その日は青年に代わって欲しいとオファーすることなく帰って行った。


青年も別に無視すればいいんだけど、以前も同様に自分の予定を保留状態にしたまま、休みの日に自分勝手に電話をかけて、前日とかに平気で変更の要求をしてきたことがあるから、青年はイラついているのである。


青年は別に4時間前に出ることはいいのだが、プライベートで親しいわけでもないのに、自分の休み明けの出勤時間を保留しておいて、休みの日に図々しく直前に電話をかけてくる若旦那の自分勝手さに腹を立てているのである。



たかだが、バイトなのに、オフの日を邪魔されるのは嫌がる人は多いものだ。



代わって欲しいなら、「休んでやってもイイ」とか言わずに、「代わって欲しいので、今は忙しそうなので、店長か○○さん(私)に、明日にでもスケジュール変更をお願いしておくので、申し訳ないけど、休み明けの出勤時間は4時間前で来て貰ってもいい?」とはっきりと確定してあげればいいのである。

「休みのところ悪いんだけど、決まったら、明日の夕方頃、電話していいかな?」とか言える常識がなぜないのか?




こういう奴らって、他人の都合なんて全然考えないし、素直に人にお願いできないので、いつも偉そうに理屈をつけて、自分の要求をごり押ししてくる。


まぁ、結局、こういう所で、こういう人に、こういう形でしか、自分の我が侭を通せないから可哀想でもあるといえる。

でも、間違いなく、こういうモンスターたちと仕事上、関わっていかざる負えない人たちは本当に大変である。
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